2025-07-01から1ヶ月間の記事一覧
為窪田清音君 次は、刀・銘「為窪田清音君 山浦環源清麿製 弘化丙午年八月日」(製作年:1846年、長さ:80cm)。 弘化丙午年(1846)、萩から江戸に戻り“正行”銘を改名し、“清麿”の誕生。この時期、恩人・窪田清音のために製作したのが本作で、本工生涯の傑作といわ…
顔 日本の伝統とされてきたものの何を評価し、何を批判するか・・・。敗戦後にあらゆる分野で議論されてきた命題、それが「縄文」。 岡本太郎の「縄文土器論」(1952年)の趣旨は伝統論だった。岡本は弥生時代を現代にまで繋いで否定し、縄文時代を優位に見立てた…
塩らーめん 本日(7月30日)、西新宿7丁目に松屋フーズ系列の麺処「松太郎」がオープンした。1号店だとか。その味と料金が気になったので伺った。 メニュー_1 TVも取材に来ており、“松屋のラーメン”とのことで注目されているようだ。券売機で「味玉塩らーめん…
源正行 続いて、刀・銘「源正行 天保十五年八月日 (附)唐津錦包鞘半大刀拵」(製作年:1844年、長さ:84.5cm)。 この刀の同年紀作に「於信小諸城製源氏正行」と銘字られた作があり、前年までの2年間ほど駐槌した長州萩を辞して郷里・信州に一時的に帰郷し、当地で…
矛盾の橋 続いて、高山良策の「矛盾の橋」(1954年)。 原爆ドームの屋根から首を出しているのは、広島の平和大橋。これはイサム・ノグチがデザインした欄干だとか。タイトルの「矛盾」は、都市復興の一方で、遅れている被爆者救済の状況を指すという。 背景に…
源秀寿 続いて、短刀・銘「源秀寿 天保五年仲冬 為濤斎主人作之」(製作年:1834年、長さ:22.9cm)。 正行銘の時代に本年に限って秀寿と名乗った貴重なもので、22歳時の若打作。小のたれを主体にした焼刃や突き上げ加減の帽子から“大佐写し”と評されている。 ま…
古事記より 続いて、芥川紗織の「古事記より」(1957年)で、長さ約135cm、ろうけつ染めによる大作。 芥川の念願には、当時注目を集めたメキシコ壁画があった。民族の伝統を現代の美術に生かすメキシコ美術にならい、芥川は古事記を主題に選び、絵巻風に仕上げ…
天然子完利 次は、脇差・銘「天然子完利 二十七歳造之 一貫斎正行 十八歳造之 文政十三年四月日」(製造年:1830年、長さ:42.3cm)。 源清麿は本名を山浦内蔵助環といい、文化10年(1813)に兄の真雄とともに信州上田藩工の河村寿隆の門に入って初銘“一貫斎正行”と…
女の顔シリーズ 続いて、土門拳の「女の顔」シリーズ(1959年1月号〜12月号、フォトアート)。 土門が撮影した女の顔シリーズがフォトアートの表紙を飾った。被写体は縄文土器から女人埴輪に、背景は自然から都会の街中へと移り変わっていく。 土器写真フィル…
五捨本内 大慶直胤 次は、薙刀・銘「五捨本内 大慶直胤(花押)天保五年仲春」(製造年:1833年、長さ:70.3cm)。 銘文とおり、本作は直胤が五十口の製作の受注(信州真田家伝承)に応じて作刀されたもの。作柄は破錠を恐れないほど大きく乱れ、沸厚くつき、金筋や砂…
古墳 続いて、羽石光志の「古墳」(1973年)で、本作は埴輪たちが取り囲む墳丘を遠望する構図。 ぼんやりとした夕刻の風景で、まるで追想の中に浸る。この作品の20年ほど前にも同じ構図の絵を描いている。そちらは本作と対照的に、青い空とピンクの雲という鮮…
造大慶直胤_天保七年 続いて、刀・銘「造大慶直胤(花押)(刻印・シナノ)天保七年十一月吉日」(製造年:1835年、長さ:71.8cm)。 同作は身幅広く、重ねが厚く、中鋒が延びて新々刀然とした頑健な造り込みで、互の目が連れた刃文は匂深く沸厚くよくつき、砂流しや金…
はにわ 続いて、三木文雄著、阿部辰也表紙絵の「はにわ」(1958年2月)。 埴輪の國 そして、宇野三吾の「埴輪の國」(1950年)。 宇野は1947年に四耕会を結成し、彼のもとに植木茂ら幅広いジャンルの作家が集まる。さらに前衛生け花の華道家たちと協働し、重森三…
造大慶直胤_大 次は、大小・銘「造大慶直胤(花押)天保七年仲春」(製造年:1835年、長さ:大72.2cm、小51.2cm)。 造大慶直胤_小 同刀・脇差の大小は、大が大和伝の総柾、小が渦巻肌を交えた板目鍛えであるものの、ともに焼が高く沸出来で金筋・砂流しが頻りかかる…
石器時代土偶による 次は、長谷川三郎の「無題 石器時代土偶による」(1948年)。 土偶に着想を得た絵画作品の中でも、これだけ直接的に描いた作例は珍しい。長谷川は前衛画家として埴輪や土偶に着目したパイオニアで、特に土偶を描いた油絵とデッサンを多数残…
荘司筑前大掾大慶藤直胤 次は、刀・銘「荘司筑前大掾大慶藤直胤(花押)文政四年五月日」(製造年:1820年、長さ:70.8cm)。 同刀の製作年に直胤は“筑前大掾”を受領している。出来映えは角張る刃を主張しながら幾種類の刃文を交えて単調とせず、本工並びに水心子一…
猫と住む人 続いて、猪熊弦一郎の「猫と住む人」(1952年)。 アンリ・マティスに学び、イサム・ノグチと親しく交流した猪熊は、1951年の国立博物館「日本古代文化展」に触れて埴輪を絶賛している。曰く、埴輪のシンプルな美には世界性があり、近代最高の美とい…
大慶荘司直胤 続いて、刀・銘「(三日月文)大慶荘司直胤(花押)文化八年中秋」(製造年:1810年、長さ:67cm)。 直胤による備前伝の大半は、鎌倉時代末期の長船景光や兼光に私淑したと考えられる片落ち風の互の目を主体にし、本作には腰の開いた互の目が目立ち、室…
涙を流す顔 続いて、吉原治良の「涙を流す顔」(1949年)。 戦前に抽象表現を進めていた吉原治良は、戦後に少女や鳥が登場する具象画を描く。その頃、吉原は埴輪と土偶の素朴さに古安心を寄せていた。 様々な土偶をスケッチした画帳が残されており、これには土…
特製つけ麺 本日(7月22日)、練馬区東大泉2丁目にオープンした「麺亭 英」へ。こちらは三鷹の「健やか」店長の麺処。 店内はL字カウンターで広く、カウンターと椅子の間隔が程良く座り心地もバツグン。厨房奥には製麺スペースもあり、現在はつけ麺一本のメニ…
大慶直胤 次は、脇差・銘「大慶直胤 於東都神田作之」(製作年:1804年、長さ:46cm)。 大慶直胤は、安永7年(1778)に出羽国山形二生まれ、本名を庄司(荘司)箕兵衛と称子、大慶と号する。文政4年(1821)頃に筑前大掾を受領し、嘉永元年(1848)に京に上り“美濃介”に…
楯を持った武士 続いて、三岸節子の「盾を持った武士」(1956年)。 三岸はルーブル美術館でひっそりと展示されている中近東の素焼きを見つけ、帰国後自分のアトリエに国籍問わずに素朴な温かいものを収集する。 西洋による原始美術の発見をなぞるように、埴輪…
七十二翁 天秀 続いて、刀・銘「七十二翁 天秀(刻印)文政三年八月日」(製作年:1820年、長さ:69.8cm)。 正秀はこの作の前年から「天秀」に解明し、最終年紀作まで4年を残した段階での一口。この刃の刃文も小丁子を主体に、角がかった刃や尖り刃を交えた特徴を…
土偶_2点 作品が続く。まず長谷川三郎の2点「土偶」(どちらも1948年)。そして、同じく長谷川の「湖のほとりにて(1)」(1948年)。 湖のほとりにて(1) 次は、無類の古美術愛好家・鳥海青児の「はにわ」(1959年)で、埴輪や壺などの収集品を描き、土の素材感を絵の…
水心子正秀・文政元年_大 次は大小、刀・銘「水心子正秀(花押)(刻印)文政元年八月日」(製作年:1818年、長さ:68.5cm)、脇差・銘「水心子正秀(刻印)文化十五年二月日」(製作年:1818年、長さ:43.6cm)。 水心子正秀・文政元年_小 コチラの両作は年号が異なるものの、…
現代の眼_ポスター 1954年に同館で開催された「現代の眼:日本美術史から」展の目録の概観に、次のように述べられている。 “新しいものは古い殻を破って生まれねばならぬ。しかしまた新しいものは、古いものを踏台として、さらに高いところに達しなければなら…
はるちゃんの冷やし 上野公園にある東京国立博物館で「江戸大奥」特別展が開催されるので伺い、江戸時代の大奥の歴史・栄枯盛衰を学べた。 バナー 大奥 大奥女性たちの人生の喜怒哀楽が一同に展示されていた。 はるちゃんラーメン そして、銀座3丁目にある「…
六十八翁水心子正秀淬刃_大 続いて、刀・銘「六十八翁水心子正秀(刻印)文化十四年八月日 水寒子貞秀鍛之」(製作年:1817年、長さ:70.9cm)。脇差・銘「六十八翁正秀渡焼刃(刻印)文化十四年八月日 水寒子貞秀鍛之(附)黒石目地鞘大小拵」(製作年:1817年、長さ:45.…
帽子をかぶった男 続いて、「帽子をかぶった男」(6世紀、土)。 この埴輪は、女王のワンピース状の衣や関節のない腕、つば広帽子、しかし長い顎髭があるので“男”とある。どうも制作時のモデルは女性であって、途中からある理由で男性に代わったのか。 盾持男子…
川部儀八郎藤原正秀・文化九年 続いて、刀・銘「川部儀八郎藤原正秀(花押)(刻印)文化九年八月日 応中村元忠需作」(製作年:1812年、長さ:63cm)。 正秀は、全作刀期間を通じ後半期には鎌倉期の古刀に復すべきと提唱し、自ら実践している。その作柄は真体の小丁子…