2026-01-01から1ヶ月間の記事一覧
本所吾妻橋あたりをぶらり。 墨田区横川1丁目にある「たばこと塩の博物館」で、本日から片平孝さん(1943〜2025)の写真展「塩の旅 地球の塩の現場に立つ」が開催されており鑑賞した。 1970年代から“塩”をテーマとした活動をスタートされ、アフリカを皮切りに…
次は、「中山富三郎の宮城野」(寛政6年・1794、版元:蔦屋重三郎、堅邑南錦絵)。同年5月、桐座狂言「敵討乗合話」上演を取材した図。 傑作揃いの写楽の数ある中で、これは珍図。大きく弧を描いて吊り上がった眉毛、つぶらな瞼、大きな鷲鼻、おちょぼ口にしゃく…
日英博覧会(1910年開催)には、奈良県から東大寺伽藍の模型が出品された。 展示資料は、青木良雄奈良県知事から河村金五郎枢密院書記官長へ宛てた1910年1月13日付の書簡で、模型を披露する供覧会に枢密院議長らの参観を求めたもの。 NAJ(千代田区北の丸公園3-…
本日は、自宅近くにあるサッポロめんフーズ練馬本店の「めん市場」特売日。工場直送の生麺やスープの素が原価で購入出来る。 手もみ麺やちり麺、つけ麺などゲット。次回は2月27〜28日。
続いて、「三世市川八百蔵の田辺文蔵」(寛政6年・1794、版元:蔦屋重三郎、堅大判錦絵)。こちらも同年5月、都座狂言「花菖蒲文禄曽我」に取材した図。 文蔵は元某家の家臣であったが、今は落ちぶれた浪人。妻おしづは身売りされ、文蔵は貧しい着物姿。今にも金…
1910年、イギリス・ロンドンで日英博覧会開催された年は、日英同盟が結ばれ日本が日露戦争に勝利した情勢の中で、日本政府がロンドン万博興行師と共催したものだった。 その前年、政府は日英博覧会の開催に際し、1904年のセントルイス万博を先例として物件の…
銀座西2丁目の銀座インズ3にある路麺スパ「ジャポネ」(1980年創業)へGO。 コチラのスパ麺は茹で置きであるが、調理が素早くコスパでお腹も満たされるボリュームが魅力、なので大好きなお店。 早速、「ジャリコ」大盛り850円をコール。ステンレス器の底が平た…
続いて、「二世嵐龍蔵の金貸石部金吉」(寛政6年・1794、版元:;蔦屋重三郎、堅大判錦絵)で、同年5月に都座狂言「花菖蒲文禄曽我」の上演を取材した図で第1期作。 龍蔵は悪役を得意とした役者で、同芝居では長屋暮らしの浪人・田辺文のところへ取り立てに来る金…
次は、「コロンブス世界博覧会出品者心得」というシカゴ万博に出品するためのガイドブック。 シカゴ万博は、コロンブスによるアメリカ大陸発見400周年を記念した博覧会で、日本ではコロンブス世界博覧会と呼ばれていた。 資料には、博覧会の出品物は後の貿易…
上野の杜の東京藝大で学生達の卒業&終了作品を鑑賞した後、根津2丁目にある「根津 釜竹」(かまちく、2005年10月創業)へ。 熱々の釜揚げ饂飩・大1,500円を頂きます。並んでいる間にオーダーが通り、日本庭園を眺めながら待っていると、まずは薬味から登場。そ…
本日は上野公園へGO。 まずは清水観音堂の「月のまつ」を鑑賞。この松は、歌川広重が名所江戸百景に描いた「上野山内月のまつ」で有名。 続いて、東京芸術大学の第74回卒業・終了作品展が本日から公開されていた。まずは東京都美術館での展示作品を鑑賞。ほん…
東洲斎写楽は、謎の絵師で寛政6年(1794から翌年1月までの10ヶ月間に約145点の錦絵を描き上げている)。活躍した時期が短いために経歴記録が乏しく、その絵筆が個性的でインパクトのある役者大首絵を残したことで、謎のある人物としてこれまで推測されてきた。…
日本は万博と出会ってから日本国内での開催を目指していたものの、1970年の大阪万博まで待たなければならなかった。 一方、海外で開催された万博を始め様々な博覧会への参加は続けられた。 1893年、アメリカ・シカゴで万博(5/1〜10/30、入場者:2千7百50万人)…
喜多川歌麿の最後は、「お千代 半兵衛」(享和3年・1803頃、版元:若狭屋与市、堅間判錦絵)。これは享保7年(1722)4月に大坂新靭町の半兵衛が女房・お千代(山城国・大百姓島田の次女)と、世間で許された夫婦でありながら心中した巷設に取材した近松門左衛門の浄瑠…
1908年7月、日本大博覧会規則や出品部類目録などが確定したことを受け、諸外国に対して同会へ参加を促す招請書が送付された。展示資料はその招請書。 日本大博覧会の開催準備が着々と進められている中、同年9月、財政難などのため政府は錯乱会を“1917年”に延…
今年の1月中旬、某ネットで阿佐谷北2丁目に新麺処がオープンするという情報を得て伺ったところ、店主からその6日後に開店と聞き出直してみたが、その日も設備が整わなくて、本日(1月26日)が正しい創業日となった。 で、3度目の正直で店頭に到着すると祝い花…
次も、「教訓親の目鑑 俗二云 ぐばくれん」(享和2年・1802頃、版元:鶴屋金助、堅大判錦絵)。“ばくれん”とはすれっからしのことで、いま風にいえばヤンキーなねえちゃんか。グラスで酒を豪快にあおり、手には茹でたワタリガニを持ち、着物には男山や剣菱の銘柄…
1906年、政府は博覧会開設臨時調査会の決議を受け、1912年に「日本大博覧会」の開催することを決定。 同会は開催地を東京と仮定し、外国にも参加を呼びかける国際博覧会として計画され、その規模は内国博覧会と万国博覧会の中間に位置するものだった。 展示…
次は、「教訓親の目鑑 俗二云 ぐうたら兵衛」(享和2年・1802頃、版元:鶴屋金助、堅大判錦絵)。タイトルの内容は、親の目から映し見た自分の姿の意。つまり親が抱く理想とはほど違う、不真面目で奔放な悪い女が描かれた10枚揃いのもの。 本図は、房楊枝と歯磨き…
1895年、京都・岡崎を会場に第4回勧業博が開催された。同会では水産館を設け、鰻や鯉などを展示する水族館も作られた。ただし、当時の技術では海水魚を京都会場で展示することが出来なく、兵庫県和田岬に海水魚用の放養場が設けられる。 展示資料は、その和田…
小石川後楽園で梅を堪能した後、向かった先は江東区千田。 こちらにある「らーめん屋 盛」(1998年10月12日創業)へ。こちらは昨年から「一条流がんこ のれん会」のメンバーに参加。がんこの“塩”を一途に守ってこられている麺処。 で、「塩らーめん」大盛り(大…
寒波到来の昨今、本日は小石川後楽園へ。 こちらで、水戸偕楽園と同じ種の春告草“梅”を愛でます。まずは梅林でいろんな品種・約45種150本の梅を観賞。幾分、梅の香りも愉しみます。 日当たりに佇むと、幾分暖かくほんのりと春を感じます。
次は、「風流子寶合 大からくり」(享和2年・1802頃、版元:和泉屋市兵衛、堅大判錦絵)。大からくりとは覗きからくりのことで、箱の中に絵を数枚入れてレンズを通して覗かせる装置。吸うタイプのレンズにより遠近が強調され立体的に見える大童見世物の一種。現代…
1890年に開催される第3回勧業博に要する経費の見込みなど調査結果が、1886年12月に報告された。 第3回は当初、国際的な万博を目指したものの、経費がオーバーするため購入した外国製品を展示してアピールする参考館とすることとなる。 展示資料は、山県有朋…
中野区役所で用事を済ませ、向かった先は西新宿7丁目の「中華そば 光来」(1953年創業)へ。 こちらの「塩焼豚麺」850円を頂きます。中華そばがワンコインやご飯ものも茶ワンカレー300円と嬉しい価格。 で、注目の一杯が目の前に。寒い日はあったかスープのら…
次は、「山姥と金太郎」(寛政末〜享和元年・1798〜1801頃、版元:蔦屋重三郎、堅大判錦絵)。母子の愛慕が描かれた母子絵もしくは女性の肌を露わにしたあぶな絵ともいえる。 相模・足柄山に住む山姥の子供・金太郎は、平安時代中期の武将源頼朝の家来・坂田金時の幼…
第2回内国勧業博覧会が1881年上野公園を会場に開催され、第1〜2回の勧業博は旋盤や印刷機、紡績や農業関係の出品物が多数を占めた。 展示資料「蟲類貯蔵法」は農業関係に類し、出品する虫類の標本作り方を説明している。ここに集められた標本は、内務省勧農…
千代田区北の丸公園にある国立公文書館で「馬とまつりごと」企画展示を鑑賞。 勉強になりました。 その足で隣の皇居東御苑へ。 こちらで梅と桜を同時に観賞。梅は梅林坂の途中に紅梅白梅が見事に開花していた。また、本丸大芝生のところには寒桜が七分咲き。…
続いて、「遊君鏡八契 蚊帳の内外」(寛政10〜12年・1798〜1800頃、版元:鶴屋喜右衛門、堅大判錦絵)。こちらは遊女に鏡を当ててその諸相を描いた図で、タイトルから全8図のシリーズと思われるが、現在は本図のほか1図が判っている。 妓楼の寝所に吊るした蚊帳の…
次は、内務省が欧米各国が万博を盛んに開催しているのは勧業のために他ならないこと、日本の伝統的な工芸は時代の変化に対応出来ておらず衰退していると指摘。 そこで、日本国内の物産を一堂に集め、その良否を審査して改良の方向を示す「内国勧業博覧会」を…