2025-12-01から1ヶ月間の記事一覧
次は、写楽の「三代目大谷鬼次の江戸兵衛」と同じ手のポーズをとる三代目大谷鬼次の全身像を描いた豊国の「役者舞台之姿絵 まさつや」(完成6年・1794、版元:和泉屋市兵衛、歌川豊国筆、1枚、大判錦絵、縦37.5×横25.3cm)。 豊国は同年、潰しの背景に立ち姿の「…
鍾馗図大小鐔 薩摩金工・後藤家では、同家を中心にした人脈を広く活用し、技倆研鑽に励んでその技を郷里に持ち帰り門弟を育成し、その門弟を後藤家に修行に出す一連のシステムが、薩摩金工に根付いていたことが伺える。 次は、「鍾馗図大小鐔」(江戸時代後期、…
初代市川男女蔵の奴一平 次は、「初代市川男女蔵の奴一平」(寛政6年・1794、版元:蔦屋重三郎、東洲斎写楽筆、1枚、大判錦絵、縦37.7×横25.1cm)と「三代目大谷鬼次の江戸兵衛」(寛政6年・1794、版元:蔦屋重三郎、東洲斎写楽筆、1枚、大判錦絵、縦36.8×横23.7cm)…
梅龍竹虎図小柄 小田と知識両派は、薩摩金工の後藤家との深い結びつきがあり、後藤に習った師が帰郷しその技を門弟に教え、養った人脈を駆使して自らの門弟を後藤家の下に送り出していた。 他の薩摩金工にも同様のことがみられ、桑畑匡義は真乗の門をたたき…
市川蝦蔵の竹村定之進 寛政年間、大田南畝が浮世絵師の伝記をまとめて以降、各諸氏が追記していった「浮世絵類孝」に、“歌舞伎役者の似顔絵をうつせしが、あまりに真を画かんとてあらぬさまにかきなさせしかば、長く世に行われず、一両年にして止む”とある。…
月下竹図鐔 小田派の初代直香は、薩摩出水の郷士であった樺山資央から彫技を学び、知識派の初代兼副も資央の弟子である黒木喜兵衛に学び、ともに資央の流れを汲んでいる。 この資央は後藤家十一代通乗(光寿)の門人とされている。また十二代寿乗(光理)には田…
谷村虎蔵の鷲塚八平次 東洲斎写楽は、寛政6年(1794)5月から翌年1月までの10ヶ月の間に140点を超える作品を残し、忽然と姿を消した謎の絵師。ところが現在では、阿波の能役者・斎藤十郎兵衛とされている。写楽の全作品が蔦屋から出版され、まさに蔦重が見いだ…
牡丹獅子図二所 知識派は兼副を祖とする薩摩金工の有力一派で、兼副は出水の同郷・黒木喜兵衛に彫技を学んでいる。 その子兼矩は鹿児島の城下士となり、田中盛征や後藤延乗の元で修行し、薩摩国内に多くの門弟を輩出している。四代兼値や五代兼置もともに後藤…
本日は、築地市場へ買い出し。 その前に豊洲市場管理棟にある「やじ満」へ。今年最後の「牡蠣らーめん」と特製焼売のテイクアウトをいただきに伺いましょう。 店頭に並んでいるとドルフィンさん、ご来店。いろいろと情報を頂き、ありがとうございます。 で、…
三代目瀨川菊之丞の〜 次は、勝川春英の作品「三代目瀨川菊之丞の静御前実はお辰狐」(寛政4年・1792、版元:蔦屋重三郎、勝川春英筆、1枚、細判錦絵、縦31.3×横14.2cm)と「四代目松本幸四郎」(寛政3〜4年・1791〜92、版元:蔦屋重三郎、勝川春英筆、1枚、細判錦…
鉈豆透鐔_2 小田派は直香を祖とし、二代直教、三代直升と続き、直堅、直勝、直潔等の一門弟子を輩出。 一派の作風は鍛えの良い鉄地に肉彫地透で鉈豆や竹虎、雲龍の図を彫ったものが多く、その意匠・作域は薩摩鐔の代名詞となる。なかでも直香の作は肉厚で重厚…
台東区元浅草4丁目にある麺処「喜多方食堂 浅草本店」(創業:2013年7月15日)へ。こちらは朝7時から営業しており、浅草界隈を訪れたときは、何かと重宝する。 で、「塩らーめん」950円のチケットを買ってテーブル席へ。 シンプルだけで、スープも麺も大満足。…
12月も暮れの26日、台東区松が谷2丁目にある「矢先稲荷神社」へ。 こちらの拝殿天井一面に描かれた「日本乗馬史」(作製年:1964年、作者:海老根駿堂)天井絵100枚が有名で、お参りを兼ねて撮影をさせていただいた。 当社は、寛永19年(1642)当地に三十三間堂が…
市川蝦蔵(右)、三代目坂田半五郎(左) 次は、葛飾北斎が勝川春朗と名乗っていた当時の作品「市川蝦蔵の山賤実は文覚上人」(寛政3年・1791、版元:蔦屋重三郎、勝川春朗“葛飾北斎”筆、1枚、細判錦絵、縦30.9×横13.9cm)と「三代目坂田半五郎の旅の僧 実は鎮西八郎…
鉈豆透鐔 次は、「薩摩金工の精髄」として薩摩の国拵と刀装具が展示されていた。薩摩の拵は同地の剣術流派である示現流のために考案されたもので、見た目よりも質実剛健な造りである。 小田&知識派関係図 また、刀装具は小田・知識両派が江戸時代末期に至るま…
次は、「涼舟五枚続」(寛政中期・1789〜1801頃、版元:蔦屋重三郎、栄松斎長喜筆、1組、大判錦絵五枚続、同じく縦38.8〜39.1×横24.3〜25cm)で、画面一杯に屋形船を配し、隅田川で夕涼みをする女性達一行が描かれている。 題䇳の一には、たすき掛けの女性が料理…
黒蠟色鞘薩摩打刀拵 薩摩金工を語るには、薩摩拵の存在は欠かせない。 薩摩拵は、尚武の気風と示現流・自顕流の隆盛に強く影響を受けた御国拵であり、薩摩金工の手による金具で構成されている。 その特徴は華美を廃した無骨さにある。高価な鮫皮の代わりに馬…
次は、「見立茶番」(寛政5〜6年・1793〜94頃、版元:蔦屋重三郎、栄松斎長喜筆、1枚、大判錦絵、縦36.7×横25cm)で、三名の女性が扮装姿で三角形に配され、歌舞伎の見得を切るようなポーズ姿図。服装や持ち物から歌舞伎演目「暫」の見立と判る。 それぞれ、縁台…
備中国住次直作 次は、脇指・銘「備中国住次直作 延文三年十二月日 」「(附)金梨子地鞘合口脇指拵」(南北朝時代・1358年、重要文化財、国:備中、長さ:33.7cm)。 金梨子地鞘合口脇差拵 本作は、広い身幅に比して重ねが目立って薄く、寸が延びた大柄変形タイプで…
本日(12月23日)、日本橋人形町で創業された「貝麺ふか川」へGO。 こちらは、江東区にて焼き鳥店や中華そばを営なまれていた店主が、下北沢の「貝麺みかわ」の協力を得て、同地にて新規麺処を開業。暖簾の初掛けセレモニーがあり、カウンターにはご挨拶の立て…
次は、「大文字屋内ひと元 せんかく はんき」(完成7年・1795頃、版元:蔦屋重三郎、栄松斎長喜筆、1枚、大判錦絵、縦37.5×横23.8cm)。この絵は、大文字屋市兵衛お抱えの呼び出し・ひと元は寛政7年秋の「吉原細見」から名前が掲載されたことで、この披露に合わせ…
次は、脇指・銘「相模国住人広光 貞治三年三月日」(南北朝時代・1364年、重要美術品、国:相模、長さ:34.4cm)。 南北朝時代の相州鍛冶を代表する刀工の一人が広光で、現存する在銘作のほどんどが時代性を表し、大柄な短刀や小脇指であり、それまでの相州物には…
本日(12月22に)、新宿3丁目にある紀伊國屋ビルB1にオープンした「節丸」へ。こちらは「花研」の運営店で、削り節をメインとした御前と中華そばが提供されている。開店前は関係者向けの試食セレモニーが行われていた。 ではカードのみ使用の券売機で「芳醇ト…
次は、「大坂新町東ノ扇屋 花扇太夫」(寛政中期・1789〜1801頃、版元:蔦屋重三郎、栄松斎長喜筆、1枚、大判錦絵、縦38.2×横25.5cm)で、大坂の太夫を描いた白雲母摺大首絵で、その他シリーズ計4図が存在する。 面長で首が細く、肩幅の狭い構図が長喜の特長で、…
続いて、刀・銘「源盛吉 昭和五十三年度操業 日刀保たたら玉鋼試作刀」(1980年、国:熊本、長さ:71cm)。 盛吉は本名・谷川松吉といい、1920年に熊本県八代市に生まれ、金剛兵衛盛高靖博と延寿太郎宣繁に短刀を学ぶ。作風は迫力ある相州伝を得意とし、源清麿写し…
続いて、「清楼美人合 扇屋内華扇 よしの たつた」(寛政6年・1794頃、版元:蔦屋重三郎、栄松斎長喜筆、1枚、大判錦絵、縦36.8×横23.5cm)で、吉原の江戸町一丁目扇屋右衛門お抱えの呼び出し散茶・四代目花扇が描かれている。 長喜作らしく、肩幅の狭い華奢な構図…
次は、短刀・銘「兼友」(南北朝時代、重要美術品、国:美濃、長さ:28.2cm)。 美濃国志津の地で活躍した兼氏(通称:志津)から多くの刀工門人が輩出され、彼らは志津の地から同国直江に移住して作刀活動しており、それら門人を直江志津と総称している。 本作は直…
続いて、「井筒中居かん 芸子あふきやふせや」(寛政4〜5年・1792〜93頃、版元:蔦屋重三郎、栄松斎長喜筆、1枚、大判錦絵、縦36.7×横23.7cm)で、大坂・扇屋の芸子と井筒屋の仲居が描かれた七分身像図。シリーズもので5図が存在する。 ここで描かれた女性は、い…
次は、刀・銘「津田越前守助広 寛文七年八月日」(江戸時代前期・1667年、国:摂津、長さ:71cm)。 助広は大坂新刀を代表する刀工の一人で、打ち寄せる波を模した濤瀾乱れを創始し一世を風靡して、同時代及び後世の刀工に多大な影響を与えている。他には、丁子乱…
四季美人 雪中美人と下男 次は、「四季美人」の「雪中びじと下男」と「初日の出」どちらも(寛政4〜6年・1792〜94頃、版元:蔦屋重三郎、栄松斎長喜筆、1枚、大判錦絵、縦36〜37.2×横24.5〜24.8cm)で、季節ごとの女性達の日常生活を描いたもの。長喜の代表作シリ…