ミュージアム巡り ハニワと土偶 顔

 日本の伝統とされてきたものの何を評価し、何を批判するか・・・。敗戦後にあらゆる分野で議論されてきた命題、それが「縄文」。

 岡本太郎の「縄文土器論」(1952年)の趣旨は伝統論だった。岡本は弥生時代を現代にまで繋いで否定し、縄文時代を優位に見立てた。

 弥生以降の文化は、わび・さびに代表されるような打破すべき封建的な日本であり、縄文こそ理想像である、と弥生と縄文は激しく対立する態度に置き換えられた。

 この理論を引き継いだのが建築界だった。雑誌「新建築」で伝統論争が盛り上がる中、建築家・白井晟一の一文をきっかけに「縄文的なるもの」として民衆的荒々しさが脚光を浴びた。

 かくして、縄文は強烈なキーワードになると同時に、次第に考古遺物そのものから乖離していくこととなった。

 そこで次は、岡本太郎の「顔」(1982年)。

 岡本太郎といえば、縄文土器。ところが、岡本作品には縄文土器土偶が意外と登場せず、本作は埴輪然で、表裏で顔の異なる像だ。

各種土偶写真集

  また、土偶の様々な写真集。