
日本の伝統とされてきたものの何を評価し、何を批判するか・・・。敗戦後にあらゆる分野で議論されてきた命題、それが「縄文」。
弥生以降の文化は、わび・さびに代表されるような打破すべき封建的な日本であり、縄文こそ理想像である、と弥生と縄文は激しく対立する態度に置き換えられた。
この理論を引き継いだのが建築界だった。雑誌「新建築」で伝統論争が盛り上がる中、建築家・白井晟一の一文をきっかけに「縄文的なるもの」として民衆的荒々しさが脚光を浴びた。
かくして、縄文は強烈なキーワードになると同時に、次第に考古遺物そのものから乖離していくこととなった。

そこで次は、岡本太郎の「顔」(1982年)。

また、土偶の様々な写真集。
