2025-11-01から1ヶ月間の記事一覧
次は、「佐々木盛綱」(寛政中期・1789〜1801頃、版元:蔦屋重三郎、喜多川歌麿筆、1枚、大判錦絵、縦36.6×横24.8cm)で、こちらも歌麿の希少な武者絵。勝川春章の同主題武者絵と盛綱のポーズや漁師の表情が類似しており、歌麿が先行作品を参考にしたことが推定さ…
次は、刀・銘「荘司筑前大掾大慶藤直胤(花押) 文政四年五月日」(江戸時代後期・1821年、国:武蔵、長さ:70.8cm)。 大掾直胤は安永7年(1778)に出羽国山形に生まれ、若くして江戸に出て水心子正秀の門に入り、師と同様に山形藩主秋元候に仕えて水心子門下の逸材と…
次は、「平忠盛」(寛政中期・1789〜1801頃、版元:蔦屋重三郎、喜多川歌麿筆1枚、大判錦絵、縦35×横24.5cm)で、歌麿にとって珍しい武者絵。天明7年(1787)に北尾重政が「絵本武者鞋」に似たような図画掲載されており、歌麿がこれを参照したと推定される。 本作右…
次は、刀・銘「津田近江守助直 元禄二年二月日 以地鉄颪作之」(江戸時代中期・1689年、重要刀剣、国:摂津、長さ:62.4cm)。 助直は寛永16年(1639)近江国に生まれ、“濤瀾刃”を創始した津田越前守助広の門に学び、後にその娘婿になったと伝えられ元禄年間(1688〜1…
難波屋おきた 次は、「難波屋おきた」(寛政5年・1793頃、版元:蔦屋重三郎、喜多川歌麿筆、1枚、大判錦絵、縦36.4×横23.2cm)と「高島おひさ」(寛政5年・1793頃、版元:蔦屋重三郎、喜多川歌麿筆、1枚、大判錦絵、縦37×横25.6cm)。 “当時三美人”、“寛政三美人”に数…
次は、刀・銘「長曽祢興里虎徹入道 万治四年卯月十九日 (金象嵌)山野勘十郎成久(花押)三ツ胴截断」(江戸時代前期、国:武蔵、長さ:71cm)。 長曽祢虎徹は元越前の甲冑師で、50歳の頃江戸に出て刀鍛治に転じた異色の刀工として、江戸時代前期の寛文年間(1661〜73…
高名三美人 続いて、「高名三美人」(寛政5年・1793頃、版元:蔦屋重三郎、喜多川歌麿筆、1枚、大判錦絵、縦39×横25.8cm)と「江戸三美人 富本豊雛 難波屋おきた 高しまおひさ」(寛政5〜6年・1793〜94頃、版元:蔦屋重三郎、喜多川歌麿筆、1枚、大判錦絵、縦31.7×横…
次は、刀・銘「国広」(桃山時代、国:山城、長さ:69.8cm)。国広は仕えていた日向伊東家の没落後、諸国を流浪したのち京都一条堀川に定住し、優れた門弟を育成し堀川一門を隆盛に導き、後の刀工たちに影響を残した慶長新刀の代表工の一人。 鍛えは肌立って地肌…
次は、「芸者亀吉」(寛政6〜8年・1794〜96頃、版元:蔦屋重三郎、喜多川歌麿筆、1枚、大判錦絵、縦38.2×横24.8cm)は、歌麿がこれまで描いてきた吉原遊女の凜とした佇まいから一変した顔の表情と身のこなし。 詞書きには “乙姫もおよはし袖ケ浦島のゆかた涼しき…
続いて、刀・銘「村正」(室町時代後期、国:伊勢、長さ:62.1cm)。戊辰戦争の東征大総督・有栖川宮熾仁親王の御料として高松宮家より寄贈された一口。 刃文は、互の目や丁子などが寄せ合って箱がかった乱れや大のたれ風刃形となり、乱れに高低差が目立ち指裏も同…
当世踊子揃 吉原雀 続いて、「当世踊子揃 吉原雀」と「当世踊子揃 鷺娘」どちらも(寛政5〜6年・1793〜94頃、版元:蔦屋重三郎、喜多川歌麿筆、1枚、大判錦絵、縦35.7〜38.1×横24.3〜25.4cm)は、様々な舞踊をテーマにした美人画の揃物。その他、「石橋」「道成寺…
続いて、大刀・銘「備州長船盛光 応永十二年八月日」(室町時代前期・1407年、特別重要刀剣、国:備前、長さ:71.9cm)。盛光は備前長船派の嫡流で応永備前を代表する刀工。 地鉄は板目に杢が交じり、乱れ映りが立ち刃文が匂出来で腰の開いた互の目や丁子が目立ち…
歌撰恋之部 夜毎二逢恋 次は、「歌撰恋之部」の「夜毎二逢恋」、同「深く忍恋」、同「物思恋」(寛政5〜6年・1793〜94頃、版元:蔦屋重三郎、喜多川歌麿筆、1枚、大判錦絵、縦35.9〜38.2×横23〜25.1cm)で、歌集の部立「恋」をテーマにした女性の美人大首絵シリー…
次は、脇差・銘「備前国長船左京進宗 二郎左衛門尉勝光 永正五年二月吉日」(室町時代中期・1508年、重要刀剣、国:備前、長さ:53.35cm)。 本作は宗光と勝光の合作で、小板目のつんだ精良な鍛えに乱れ映りが立ち、刃文が腰の開いた互の目に丁子を交えた匂口の明…
次は、「姿見七人化粧」(寛政4〜5年・1792〜93頃、版元:蔦屋重三郎、喜多川歌麿筆、1枚、大判錦絵、縦37.8×横25cm)で、姿見に上半身を映し鬢を整えている若娘「寛政三美人」のひとり、桐紋の着物から難波屋・おきたが描かれたと推定される。 鏡に映った顔とのぞ…
次は、刀・無銘「長義」(南北朝時代中期、重要刀剣、国:備前、長さ:70.9cm)。 長義は、“相伝備前”と呼称される南北朝時代の備前鍛冶の中でも、兼光と並んで優れた技量をみせた刀工で、兼光以上に相州伝が強調され、備前刀の中で最も備前ばなれした刀工とされ…
次は、「婦女人相十品 文読む女」(寛政4〜5年・1792〜93頃、喜多川歌麿筆、1枚、大判錦絵、縦36.1×横24.9cm)で、お歯黒女性が目の高さまで持ち上げて文を読む構図。 これまで文を読む女性姿は、愉しそうな「当時金盛美人揃 瀧川」や怒りの表情の「婦人相学捨躰…
次は、大刀・銘「信房作」(平安時代末期〜鎌倉時代初期、重要文化財、国:備前、長さ:76.2cm)。 この備前国信房は “信房”二字銘を古備前、“信房作”の三字銘を小一文字と定める古説があり、三字銘の本作も焼幅が広く刃沸が穏やかについて、小丁子が目立つなど古…
品川座敷の遊興 次は、「品川座敷の遊興」(寛政2年・1790頃、版元:蔦屋重三郎、鳥居清長筆、1組、大判錦絵3枚続、右:縦38.1×横24.9cm、中:縦38.1×横25cm、左:縦38.1×横25cm)と「煙草を吸う女」(寛政4〜5年・1792〜93頃、版元:蔦屋重三郎、喜多川歌麿筆、1枚、大…
続いて、大刀・銘「保弘」(鎌倉時代後期、重要刀剣、国:備前、長さ:76.7cm)。保弘は鎌倉後期に活躍した長船派の刀工で、重要美術品の認定作もあり技量も高い。銘振りが嫡流工と比べくだけており、さらに作品も少ないことから長光ら嫡家の協力者的な立場にあっ…
次は歌麿が「美人大首絵」スタイルを確立した作品「婦女人相十品 ポッピンを吹く娘」(寛政4〜5年・1792〜93頃、版元:蔦屋重三郎、喜多川歌麿筆、1枚、大判錦絵、縦38.1×横24.5cm)。女性の顔や上半身を大きくとらえ、表情や仕草など心持ちを描きだした初期シリ…
日本刀を鑑賞する第一は、その“姿”にある。其の種類は、大刀、刀、脇差、短刀のほかに剣、槍、薙刀など形によって茂分けられている。また造込みの体形や時代によって姿が変化している。 平安時代後期から鎌倉時代初期にかけては優美な大刀姿となり、南北朝時…
次は、「四條河原夕涼躰」(天明4年・1784頃、鳥居清長筆、1組、大判錦絵3枚続、右:縦37.6×横25.8cm、中:縦37.9×横25.5cm、左:縦38×横26.3cm)で、京都鴨川の夏の風物詩の川床風景。 歌麿の大首絵が流行する以前、美人画の主流は全身像だった。なかでも天明期に…
続いて、太刀・銘「国行(来)(明石国行)」(鎌倉時代中期・国宝、国:山城、長さ:76.6cm)。 本作は、名門来派の事実上の祖とされる来国行唯一の国宝指定品。播磨国明石藩松平家旧蔵品なので、“明石国行”の通称で親しまれている。 よく練れた板目肌が冴え、刃文は…
浮気之相 続いて、「婦人相学十躰 浮気之相」(寛政4〜5年・1792〜93頃、版元:蔦屋重三郎、喜多川歌麿筆、1枚、大判錦絵、縦37.7×横24.3cm)と「婦人相学十躰 面白キ相」(寛政4〜5年・1792〜93頃、版元:蔦屋重三郎、喜多川歌麿筆、1枚、大判錦絵、縦37.2×横24cm)…
伝貞宗 日本刀は武器としてだけではなく、信仰の対象や権威の象徴として、またその過程での実用面にとどまらず美術面でも独自の工芸作品として鑑賞されてきた。 優美な曲線を描く刀身の姿、鍛錬によって形成された文様の地鉄、千変万化な刃文など、美術性と…
隅田堤より真乳山を望 次は、東京開華名所図絵之内の「隅田堤より真乳山を望」(明治15年・1882、三代歌川広重画、版元:舟津忠次郎、大判錦絵)で、対岸には待乳山と料理屋・有明楼があり、三囲稲荷前の堤が描かれている。明治期の警官はとっても偉いのか、酔っ…
次は、「唐美人遊興」(天明8〜寛政2年・1788〜90頃、版元:蔦屋重三郎、喜多川歌麿筆、1組、大判錦絵3枚続、右:縦38.8×横25.6cm、中:縦39.3×横25.7cm、左:縦39.5×横26cm)。 横長ワイド画面に吉原遊郭を中国風に描かれた描写は珍しく、天明4年(1784)に刊行された…
向島の花盛 次は、東京名勝図会「向島の花盛」(明治2年・1869、三代歌川広重画、版元:平野屋新蔵、大判錦絵)で、三代歌川広重が明治初期の東京名所を描いたシリーズもので、50図以上が確認されている。その多くは明治元年から翌2年に出版され、同6年にも鉄道…
次は、「両国橋橋詰め」(天明8〜寛政2年・1788〜90頃、版元:蔦屋重三郎、喜多川歌麿筆、1組、間判錦絵三枚続のうち、右:30.3×横21.6cm、左:縦32×横22.6cm)で、歌麿が大首絵に取り組む以前に二枚続、三枚続のワイド画面の美人風俗画を描いたその作品。 両国橋を…