2025-07-26 ミュージアム巡り ハニワと土偶 はにわ はにわ 続いて、三木文雄著、阿部辰也表紙絵の「はにわ」(1958年2月)。 埴輪の國 そして、宇野三吾の「埴輪の國」(1950年)。 宇野は1947年に四耕会を結成し、彼のもとに植木茂ら幅広いジャンルの作家が集まる。さらに前衛生け花の華道家たちと協働し、重森三玲が主宰する雑誌「いけばな藝術」にも寄稿。 陶芸家たちにとって埴輪や土偶は三笑の対象でなかったものの、戦後には埴輪や土偶風の花器やオブジェが増える。 「埴輪の國」の挿絵は、シュールレアリズムの画家・松崎政雄で、冒頭に“あの目を見た人は忘れられない。埴輪の目を見て世界の人たちは[日本を見た]という”と書くものの、宇野の埴輪型花器には眼どころか顔がない。つまり、そこには花が生けられるから。 右の作品は、安部豊武による生け花で、花器は宇野三吾の「埴輪形花器」。 古代人 さらに、吉田穂高の「古代人」(1956年、木版・紙)。 NMMAT(千代田区北の丸公園3-1)