2026-01-01から1年間の記事一覧
次も、「外と内姿八景 ろうかの暮雪 座敷の夕せう」(文政4〜5年・1821〜22頃、版元:竹内孫八、堅大判錦絵)。 座敷は蒲団や煙草盆、懐紙などが乱雑で、妓女が手をたたいて人を呼ぶ。屏風で隠れた先は男女の情念が繰り広げられたようだ。 また、コマ絵には雪景色…
戦争に従軍された兵隊さんへの慰問袋に入れられたお菓子が並んでいた。 まずは1935年製造の「森永丸缶ドロップス」(山星屋所蔵)で、慰問好適品として推奨されていた。缶の蓋には虎に乗った武将・加藤清正が描かれている。 そして、1937年には金属製の缶に入れ…
続いて、「外と内姿八景 格子の夜雨 まかきの情らむ」(文政4〜5年・1821〜22頃、版元:東屋大助、堅大判錦絵)。若き広重の美人画像で、先輩である国貞や国安に倣って歌川派の色濃い表情を表したシリーズもの。 画中にコマ絵を添えて“外と内”の光景が1枚に収めら…
1937年に日中戦争が勃発すると、原材料の入手が困難になり菓子製造も難しくなる。そんな貴重品となった菓子類は、3年後の40年には食糧配給制度が始まり、翌年から菓子類も統制対象となる。 そのため購入には、「菓子購入票」(1942年)と呼ばれる切符が必要とな…
安藤広重(寛政9〜安政5年・1797〜1858)は、元火消同心を務める武士だった。15歳の頃に絵師・歌川豊広に入門し文政元年(1818)に一遊斎の画号でデビュー。 その初期は役者絵や美人画を描いており、風景画絵師として人気を博したのは「東海道五拾三次之内」シリー…
1938年に国家総動員法が公布されると、人々の生活は全面的に戦争統制下におかれる。40年には砂糖が配給制となり、歌詞作りに欠かせない食品が統制されていく。 その一方で、ビスケットや乾パン、キャラメルは派遣兵士の慰問袋用の菓子が作られ、軍需用品の一…
葛飾北斎のラストは、「北斎漫画」初〜15編(文政11〜明治11年・1828〜78、版元:永楽屋東四郎他、半紙本15冊)。北斎の代表的な絵手本で、15編の最終刊は北斎没後となり60年の長きにわたり出版された一代画集。 初編出版の経緯は、文化9年(1812)上方旅行の際、描…
昭和初期の婦人向け雑誌には、和菓子とともに洋菓子のレシピが紹介された付録がついていた。当時、洋菓子を作るための道具や材料は高価だったが、時代とともに家庭でも作られるようになる。 1934年、主婦之友社発行の雑誌「主婦之友」8月号には、イラストを…
墨田区のソウルフードをいただきに墨田1丁目にある「ラーメン珉珉」(1987年創業、2008年現在の地に移転再開)へGO。 こちらの排骨(パーコー・豚バラ肉の唐揚げ)はとてもボリュームがあり、器の中には“これでもか”というほど盛られているので、食べ応え度はレベ…
続いて、「百人一首うはかゑとき 文屋朝康」(天保6年・1835頃、版元不明、横大判錦絵)。百人一首の歌意を易しく絵で解説する趣向で摺られた図。 平安時代前期の歌人・文屋朝康が詠んだ“白露に風の吹しく秋の野は つらぬきたまとめんたまぞ散ける”を図化したもの…
製菓メーカーはお菓子をより多くの人々に広めるため、様々な方法で宣伝を行った。中でも1931年に森永製菓が飛行機を使ったPRが話題を呼んだ。飛行機で各地を回り、ビラや菓子の引換券を投下するという大規模な活動だった。 同年6月から10月にかけて、九州か…
続いて、「詩哥写真鏡 白楽天」(天保4〜6年・1833〜35、版元:森屋治兵衛、堅長大判錦絵)。和漢の優れた歌人や詩人の歌や詩を題材にし、その場面を絵画にしたシリーズもの。 本図は、謡曲「白楽天」に取材したもので、唐詩人・白楽天が日本の知性を計る命を受け…
森永ミルクキャラメルの組み立て玩具がヒットしたことにより、1937年には「ミミー」(森永製菓所蔵)が発売された。 これは、パッケージを切り抜いて着せ替え人形に出来るお菓子。パッケージの裏面にはチャイナドレスが印刷され、食べ終わると玩具として遊ぶこ…
本日はかみさんのお使いで収納ボックスを確かめに池袋へ。良いのが見つかり、麺処の後に購入しましょう。 で、伺ったのは東池袋1丁目にある「塩専門店 桑ばら」(2013年6月4日創業)へ。日替わりの裏メニューを確認すると「カマスの塩」1,200円。本当は「池袋…
続いて、「鎌倉の権五郎景政 鳥の海弥三郎保則」(天保4〜6年・1833〜35、版元:山本屋平吉、堅大判錦絵)。藍色の地潰しで二人の合戦を描いた武者シリーズもの。四角い画面にはまる構図は凧絵に似ており、ねぶた祭のねぶた飾りのルーツという。 権五郎は平安後期…
和菓子に比べて高級品だった洋菓子は、明治期には贈答品や大人の嗜好品として愛用され、大正期以降はパッケージに読み物や組み立て玩具が印刷されたもの、なめていると色が変わる飴など子供たちが愉しめる工夫を凝らしたお菓子が登場する。 1932年に森永が発…
次は、「芍薬 カナリア」(天保5年・1834頃、版元:西村屋与八、堅中判錦絵)。各図の余白部分に漢詩や俳句が添えられた花鳥画シリーズの一図。 添えられた漢詩は、“千葉揚州種 春深覇衆芳 王十朋”で、多くの葉を持つ揚州種のシャクヤクは、その香りで春深まって…
チューインガムは1913年(大正2年)に輸入品が国内で販売され、新しい西洋文化に敏感な当時の若者にもてはやされた。1928年頃から国産のチューインガムの生産販売が始まり、当時はばら売りが主流で高級品でもあった。 森永製菓では、当初、かみ終わったガムの…
次も「百物語 こはだ小平二」(天保2〜3年・1831〜32,版元:鶴屋喜右衛門、堅中判錦絵)で、幽霊役を得意治した役者・木幡小平次が殺され、本当の幽霊になって化けて出る物語。歌舞伎や小説に登場した。 北斎の怪奇・怪談シリーズを錦絵で真っ正面に勝負をかけた…
江崎グリコでは、さらに1933年に発売された「ビスコ」(山星屋所蔵)が、胃腸の働きを活発にする酵母が配合されて登場。 発売当初の広告には、“薬を服むやうな気持でなく、知らず識らず容易く、然も完全に栄養素を摂り入れる事になります”とあり、健康の向上や…
本日(3/8)、杉並区上井草1丁目にある「中華そば 麺壁九年」(2020年3月10日創業)が6周年記念麺を振る舞われるとのこと。では、伺いましょう。 店頭にはその記念麺のメニューが掲げられており、宍道湖産の蜆をベースにしたスープに菅野製麺所特注の手もみ麺の…
次は、「百物語 笑ひはんにや」(天保2〜3年・1831〜32,版元:鶴屋喜右衛門、堅中判錦絵)。百物語とは江戸時代に流行した遊びの一つで、数人が夜中に集まり、それぞれが怪談を話すごとに蝋燭を吹き消し、最後の人が吹き消したときに怪異現象が起こるというもの…
明治期以降、日本政府が掲げた富国強兵や欧米から導入された公衆衛生という概念により、人々の健康史観は大きく変化する。体力増強や病気予防などに関心が高まり、滋養や健康効果を謳うお菓子が登場する。 1921年、江崎グリコが滋養や栄養、体力増強などに関…
本日は墨田2丁目の取材お断りの麺処に伺ったものの臨時休業、出直します。 では、何処の麺処へ向かおうか、迷った末、銀座3丁目にある「銀座はるちゃんラーメン」(2024年7月16日より新橋から移転オープン)へ。ちゃん系の麺処ではお気に入りのお店。 頂くのは…
続いて、「諸国名橋奇覧 足利行道山くものかけはし」(天保4〜5年・1833〜34頃、版元:西村屋与八、横大判錦絵)。足利にある古刹・行道山浄因寺の天高橋が描かれている。 同寺は和同6年(713)、行基上人によって創建され、修験道の地として山門から本堂まで険しい…
続いて、1908年、佐久間惣治郎がそれまでの輸入菓子として評判のあったフルーツドロップの国産化に成功した「サクマ式ドロップス」(大正前期、山星屋所蔵)を発売。当初は、ばら売りだったが缶入りドロップスは1913年から販売されている。 そして、森永製菓か…
本日は世田谷区南烏山4丁目にある「麺・鮨 ワタリガラス」(2024年7月17日創業)へ。 こちらは毎月、限定創作麺が振る舞われており、3月は「かけらーめんー和牛」1,000円に、プラス「黒毛和牛巻き寿司」650円が振る舞われている。 登場した一杯、麺とスープのシ…
次は、「諸国名橋奇覧 三河の八つ橋の古図」(天保4〜5年・1833〜34頃、版元:西村屋与八、横大判錦絵)。 同図は日本各地の名橋や奇橋が描かれたもので、伊勢物語で知られる杜若の名所にある三河の八橋。主人公・在原業平が東下りの途中に立ち寄り、“かきつばた”…
日本が日清・日露戦争を経て近代国家として認知された頃、お菓子のチョコレートやドロップが庶民に親しまれるようになる。そして富国強兵や公衆衛生の点から滋養菓子が誕生したのも大正から昭和初期にかけてだった。 関東大震災(1923年)により、東京や神奈川…
本日(3/5)、高田馬場2丁目に創業された「Ramen紫苑」へ。 こちらの店主は「饗 くろ㐂」で一時期修行されたとのことで、店頭並びの時から期待が膨らむ。 QRコードからお店のメニューへ飛び、カード支払いを済ませると購入QRコードが配布され、それを店備え付…