
続いて、「婦人相学十躰 浮気之相」(寛政4〜5年・1792〜93頃、版元:蔦屋重三郎、喜多川歌麿筆、1枚、大判錦絵、縦37.7×横24.3cm)と「婦人相学十躰 面白キ相」(寛政4〜5年・1792〜93頃、版元:蔦屋重三郎、喜多川歌麿筆、1枚、大判錦絵、縦37.2×横24cm)で、“十躰”とあるように当初は10枚摺のシリーズを想定されていたようだが、現在確認できるのは5図。その後、「婦人相学十品」が摺られてから新たに3図が出版されている。

歌麿は、蔦重の元で全身像の美人風俗画を描いてきたが、寛政4年頃から大首絵制作に取り組んでいる。元々大首絵は勝川派の役者絵に見られた構図で、蔦重と組んだ歌麿が人物の上半身を拡大し顔の特徴や表情を描くことで、以降このコンテンツが一世を風靡する。
大首絵では人物を際立たせるため無背景とすることが多いものの、蔦重版では背景を“雲母摺”(雲母で塗りつぶす)が用いられ、インパクトをアップする効果を生み出す。
また、“〜之相”という表記は、当時の観相学の書籍に用いられた表記で、内容的にはこの時点では面相を描き分ける意識ではなく、和装や仕草でその特徴を表現している。
TNM(台東区上野公園13-9)