
次は、勝川春英の作品「三代目瀨川菊之丞の静御前実はお辰狐」(寛政4年・1792、版元:蔦屋重三郎、勝川春英筆、1枚、細判錦絵、縦31.3×横14.2cm)と「四代目松本幸四郎」(寛政3〜4年・1791〜92、版元:蔦屋重三郎、勝川春英筆、1枚、細判錦絵、縦31.5×横14.1cm)、「梶ヶ濱・陣幕」(寛政6年・1794、版元:蔦屋重三郎、勝川春英筆、1枚、細判錦絵、縦38.5×横25.4cm)。

春英は勝川春章の門人で、兄弟子である春好の創始した役者大首絵を継承して、役者絵の全盛期を創り上げた絵師。蔦重が寛政期に役者絵の出版に進出し、はじめに春朗に依頼しその後、春英へと代えている。

寛政5年、背景を白雲母摺にした大判役者絵を描かせ、その時期が写楽の登場へと繋がっている。春英は蔦重の役者絵進出においてエポックメイキングな役割を果たしている。
蔦重は、将軍お墨付きで人気絶頂の相撲絵分野で出版しており、寛政年間の営業戦略の上で重要なポイントを占めていた作品でもある。
TNM(台東区上野公園13-9)