ミュージアム巡り CB風雲児_蔦重 市川蝦蔵の山賤実は文覚上人

市川蝦蔵(右)、三代目坂田半五郎(左)

 次は、葛飾北斎が勝川春朗と名乗っていた当時の作品「市川蝦蔵の山賤実は文覚上人」(寛政3年・1791、版元:蔦屋重三郎、勝川春朗“葛飾北斎”筆、1枚、細判錦絵、縦30.9×横13.9cm)と「三代目坂田半五郎の旅の僧 実は鎮西八郎為朝」(寛政3年・1791、版元:蔦屋重三郎、勝川春朗“葛飾北斎”筆、11枚、細判錦絵、縦30.9×横13.9cm)で、寛政3年11月、市村座上演の「金のめぬき源角鐔」に取材したもの。

 役者が向き合いにらみ合う構図は、勝川派の役者絵形式の定番で、舞台上での動きが直に伝わってくる効果を出している。春朗時代の細判役者絵作品の中でも代表作の一つ。

 春朗は、葛飾北斎が勝川春章の門人だった30代前半頃まで名乗っていた名で、その後北斎は幾度も名前と画風を変えている。蔦重と出会ったときはまだ新人で、蔦重は若き北斎の才能をいち早く気づいていたようだ。

 蔦重が役者絵を出版するのは寛政期からで、その最も早い作例が春朗作であるため、春朗への期待の大きさが判る。

TNM(台東区上野公園13-9)