ミュージアム巡り CB風雲児_蔦重 いたみ諸白

いたみ諸白

 続いて、「いたみ諸白」(天明4年・1784・7月、版元:蔦屋重三郎、1冊、墨摺袖珍本、縦14.5×横8.8cm)。狂歌連グループの吉原連の一人、大門喜和成が摂津池田で天明4年4月19日に客死し、その追悼狂歌集。

 喜和成は奥田幸蔵といい、吉原大門を出た際にあった酒屋・奥田屋の息子で享年17歳だった。若年ながら吉原連で優秀な詠み手として認められていた。蔦唐丸とともに蔦重の母と内侍(妻or姉)も歌文に寄せている。

 書名の“いたみ”は“悼み”と、清酒が製造された酒の名産地・伊丹の地名にかかる。清酒は「伊丹諸白」と呼ばれ、江戸に下って評判になる。

 吉原連に属いた歌麿(狂歌名:筆綾丸)は、本追悼集に三首の狂歌を寄せている。その中の“其尾にも付んと思ひし足引のやまとめぐりやながき別れ路 綾丸”と巻末を結んでいる。

 このことを踏まえ、歌麿と幸蔵の二人は極めて親しい間柄とされ、本書の編者を歌麿とする評見解説もある。

TNM(台東区上野公園13-9)