ミュージアム巡り 隅田川の名所 名所江戸百景 請地 秋葉の境内

請地 秋葉の境内

 次は、「名所江戸百景 請地 秋葉の境内」(安政4年・1857、歌川広重画、版元:魚屋栄吉、大判錦絵)で、請地村の秋葉権現が描かれているが、本題が権現本社ではなく境内の池と楓、松になっている。紅葉の時期が描かれ、紅葉が黒ずんで見えるのは摺りに使われた丹が焼けたため。

初代広重 辞世の石碑図

 そして、「初代広重 辞世の石碑図」(明治15年・1882、三代歌川広重画、版元不明、大判錦絵)で、三代広重らが辞世石碑を秋葉権現境内に建立したものを、写しとして建立経緯を記したもの。

 広重の辞世 “東路に筆をのこして旅の空 にしのみくにのなところを見む”と、広重像を入れた石碑であったことが判る。第二次世界大戦の空襲で破壊され、現在は石碑は残っていない。

江戸百 御厩河岸

 また、「名所江戸百景 御厨河岸」(安政4年・1857、歌川広重画、版元:魚屋栄吉、大判錦絵)で、御厩とは隅田川西岸にあった河岸の名。

 当時、両国橋と吾妻橋の間には橋が架かっていなく、御厩河岸と東岸の本所を繋ぐ渡があった。本図の左側に渡船が見え、船上に二人の夜鷹が乗っており浅草方面に向かったのだろう。

 この女性達が描かれたことで時間は日暮れの頃とわかり、手前が西岸と対岸に見える橋が本所の石原橋。二人の夜鷹の後ろにいる人物は、妓夫(ぎゅう)と呼ばれた男で夜鷹に付き添い客の呼び込みもした。

(墨田区tabashio横川1-16-3)