
嘉永6年(1833)、浅草寺本堂裏の奥山一帯に、四季折々の花を咲かせて観覧させる花園が作られた。この花園は近辺の梅屋敷や新梅屋敷(百花園)などにならい浅草奥山「花屋敷」と呼ばれた。開園を前に、前年宣伝出版された作品が数点ある。
続いて、「浅草奥山四季花園入口光景」其一(嘉永5年・1852、三代歌川豊国画、版元:森屋治兵衛、大判錦絵三枚続)で、花屋敷の外部が描かれている。右は「新升楼」という料理屋が見え、横の入り口に“花やしき”の札が下がる。

そして、「浅草奥山四季花園観梅遠景」其三(嘉永5年・1852、三代歌川豊国画、版元:森屋治兵衛、大判錦絵三枚続)で、開園する花屋敷の宣伝として描かれたものの3図のうちの一つ内部作。本図は良家の女性達が園内を散策している。
(墨田区tabashio横川1-16-3)