
吾妻大権現開帳ノ図
吾妻権現は各地に点在し、日本武尊の妻・弟橘媛を祀る。弟橘媛は日本武尊の東征の折同道するが、相模から上総へ渡る船上にあるとき、海が荒れたため海に飛び込み海神を鎮めた伝説がある。
亀戸の吾嬬権現は“嬬”の字表記が他社と異なるのが特徴で、吾嬬の森とも呼ばれていた。「新編武蔵風土記稿」によれば、海から弟橘媛の遺品・ゆずり葉の鏡が引き上げられ、これが後の御神体として祀られたという。
さらにここには、一本の根木から二股に成長した連理の樟があり、吾嬬権現に取材した浮世絵には連理の樟が多く描かれている。
次は、「吾妻大権現開帳ノ図」(天保3年・1832頃、歌川国芳画、版元:川口屋長蔵、大判錦絵三枚続)で、満開の桜の中、7人の歌舞伎役者が吾妻権現の開帳に出向く様子が描かれている。
これは従来の開帳時ではなく、天保3年2月から60日間に吾嬬権現・別当宝蓮時で開帳された特別開催もの。なので、描かれている図は吾嬬権現ではなく、亀戸の法連寺という説もある。

江戸名所図会
そして、「江戸名所図会」巻之七(天保5〜7年・1834〜36、斎藤月岑他編、長谷川雪旦画、版元:須原屋茂兵衛、縦25.8×横18.1cm)で、手前に流れる川は北十間川の誤りだ。

絵本江戸土産
また、「絵本江戸土産」初編(嘉永3年・1850、歌川広重画、版元:菊屋幸三郎、縦18.2×横12.3cm)では連理の樟がわかりずらい。こちらの手前に流れる川は北十間川だ。