
三囲稲荷の創建は、平安時代まで遡るという由緒ある神社。社名の“みめぐり”とは草創期に人々が社檀を掘ったところ壺が出てきて、中に白狐に乗った老翁の神体があり、直後に白狐が現れこの神体の周囲を三度廻って消えたため名付けられたという。
元禄6年(1693)の干ばつで村人が雨乞いをしたところ、俳諧師・其角が参詣に訪れ雨乞いのための句を頼み、“夕立や田をみめぐりの神ならば”という句を奉じたところ、雨が降ったので三囲という社名が広まったと伝承されている。
次は、「新板浮絵三囲牛御前両社之図」(文化年間・1804〜18半期頃、葛飾北斎画、版元:伊勢屋利兵衛、大判錦絵横)で、北斎の新板浮絵シリーズの一図で、赤色の霞が入り1図に2カ所ずつ名所が描かれている。
本図は左下に隅田川、右に三囲稲荷、左に牛御前が配されており、この界隈が描かれた図としては貴重な構図だ。

そして、「画本東都遊」中(享和2年・1802、葛飾北斎画、版元:蔦屋重三郎、縦26.5×横17.4cm)で、北斎の狂歌絵本の挿絵。三囲稲荷の社殿が田に囲まれた様子や、笠木だけが見える鳥居が確認できる。
tabashio(墨田区横川1-16-3)