
安永3年(1774)に吾妻橋が架けられ、隅田川には上流から千住大橋、吾妻橋、両国橋、新大橋、永代橋の5橋となった。千住大橋と吾妻橋の間には橋場の渡、白髭の渡、竹屋の渡、また吾妻橋と両国橋の間には竹町の渡、御厩河岸の渡があり、人々の往来を支えていた。
この中で西岸の橋場と東岸の寺島を繋ぐ橋場の渡は、古来からある隅田渡(正しくは橋場の渡より上流)の名残として知られ、「絵本江戸土産」でも“隅田川の風光ハここらにまさる所なし”とされていた。
次は、「画本東都遊 上」(享和2年・1802、葛飾北斎画、版元:蔦屋重三郎、縦26.5×横17.4cm)で、隅田川一帯は雪見の名所としても知られており、雪の積もる光景や雪支度をした人々の姿も見える。本図は北斎の狂歌絵本挿絵の一図で、元は墨摺のところ多色摺されたもの。

場所は、橋場の中でも浅茅が原と呼ばれた一帯に建つ石地蔵が描かれている。この地蔵は明治維新に橋場総泉寺門前に移された六地蔵(享保6年に湯島・渡辺九兵衛が寄贈)の一基。総泉寺は関東大震災後、板橋区に移転しているが、現在も橋場にある松吟寺境内に安置され“お化け地蔵”として崇められている。
tabashio(墨田区横川1-16-3)