ミュージアム巡り CB風雲児_蔦重 山東京伝像

山東京伝

 次は、「山東京伝像」(文化末期・1804〜18頃、山東京伝賛、歌川豊国筆、1幅、絹本着色、縦71.5×横27.6cm)と、「江戸花京橋名取」(寛政後期・1789〜1801、鳥橋斎栄里筆、1枚、大判錦絵、縦37.2×横25.2cm)。こちらはどちらも江戸後期の戯作者&絵師・山東京伝肖像画

 京伝は深川・質屋伊勢屋伝左右衛門の長子で、本名・岩瀬醒、安永期に北尾重政に入門、政演の名で美人画黄表紙の挿絵を描く。安永9年(1780)に「娘敵討故郷錦」で戯作者デビュー。寛永3年には洒落本3作が咎められ、手鎖50日の刑を受け、その後も読本「忠臣水滸伝」など文化期まで執筆活動を続ける。

 肖像画の着物の紋には“巴山人”が入っている。「京伝像」は役者似顔絵を得意とした豊国らしく、顔の特徴が細かく描かれている。京伝没後からまもなく描かれた遺像の可能性もある。

江戸花京橋名取

 また、「江戸花〜」の京伝像は鳥文斎栄之の門人・栄里が描き、扇に記された京伝自身の発句“西行も末見ぬ花の廓かな”がある。煙管を手にした姿は、京伝自身が京橋銀座一丁目に紙製煙草入れ店を開店したことの証しか。

TNM(台東区上野公園13-9)