ミュージアム巡り CB風雲児_蔦重 大田南畝像

大田南畝像_蜀山人

 次は、「大田南畝(蜀山人)像」で、鳥文斎栄之が描いた南畝の肖像画に、南畝自身が賛を記したもの。数え66歳時に駿河台淡路坂にあった住居「緇林楼」で書き入れられている。

 南畝は将軍の警護を行う徒の家に生まれた御家人。いわゆる下級武士であったが、寛政6年(1794)に始まる学問吟味試験で高成績を収め支配勘定へと出世し、幕臣として勤める。また、幼い頃より文藝を志し漢詩狂歌、洒落本などの戯作へと才能を開花する。

 蔦重とは安永10年(1781)、絵双紙評判記「菊寿草」で蔦重版を評価したことがきっかけで交流は始まる。これをきっかけに、蔦重が南畝の著作を出版し天明期の出版会を盛り上げる。

 天明の四方赤良

 文化の蜀山人

 鏡にて見しりこしなる此親父

 おめにかかるも久しぶりなり

 年もはやすでに日本の国の数

 なを万国の図をひらかむ

 甲戌秋日書于緇林楼中

TNM(台東区上野公園13-9)