ミュージアム巡り ハニワと土偶 驚く可き風景(B)

驚く可き風景(B)

 戦後の復興が急速になし遂げられ、都市で生きる人々にとって“土”は、1951年の時点で懐かしいものへと移り変わっていた。

 1950年に定められた国土総合開発法は、地方の自立経済を築くために国土と資源の利用を進めるもので、道路5カ年計画の内、観光道路整備も重要な項目だった。

 登呂遺跡をはじめ、全国各地の遺跡が整備・復元され、観光地化し外貨獲得のための貴重な資源となる。この観光は、みえない輸出であり、日本各地の土が掘り起こされ整備されていく過程で、遺物が次々に発見される。

 戦後の記憶はアスファルトの下に埋蔵されていき、埴輪や土器への愛着は発見と同時に失われていく。そんな土への複雑な郷愁でもあった。

 次は、猪熊弦一郎の「驚く可き風景(B)」(1969年)。

HANIWA_1

 自ら収集するほど埴輪にのめり込んでいた猪熊は、渡米翌年の個展で「HANIWA」シリーズを発表。この作品は、一時帰国の際、東京で製作したもので、色や形が1964年の東京オリンピック(1961年、亀倉雄策)のビジュアルイメージと重なる。

東京オリンピックシンボルマーク

 出土現場を俯瞰したような「HANIWA 1」(1956年)に対して本作が水平視した風景だとすると、地下鉄や高層ビルなど高度経済成長期の風景が浮かび上がる。まさに、土からビルへと変貌した国土を示しているようだ。