2025-10-01から1ヶ月間の記事一覧
江戸八景 花やしき 秋月 次は、「江戸八景 花やしき 秋月」(文政年間・1818〜30頃、歌川国貞“三代豊国”、版元:山本屋平吉、大判錦絵三枚続)で、八景の美人シリーズもので、このほか木母寺や浅草寺、吉原、佃島など隅田川周辺が取り上げられている。 秋の七草や…
歴代武将通鑑 続いて、「歴代武将通鑑」(天明9年・1789正月、版元:蔦屋重三郎、北尾重政画、3冊、墨摺半紙本、各縦21.7×横15.6cm)で、重政とタッグを組んだ武者絵本シリーズを蔦重から出版している。本作はその初作。 重政は以前にも狂歌絵本「絵本八十宇治川…
百花園を舞台にした芝居 次は、「百花園を舞台にした芝居」(文化13年・1816、歌川豊国画、版元:万屋吉兵衛、大判錦絵三枚続)で、百花園名物の秋の七草や竹垣が舞台に登場。歌舞伎「褄重噂菊月」の花屋舗の場だ。 於中清七着替浴衣団七編 そして、「於中清七着替…
割印帳 五・六 次は、武者絵や書物、俳諧本、読本の刊行と自粛ムードから新たなコンテンツへ取り組む蔦重。 まずは、「割印帳 五・六」(18〜19世紀写、2冊、紙本墨摺、各縦26.7×横18.8cm)で、学術書や古典、経典など硬派な書物の出版認可を記録したもの。書物内…
武蔵第一名所角田河絵図並故跡附 寺島村の百花園は文化期の始め頃、佐原鞠塢によって開園され約360本の梅を植え、亀戸の梅屋敷にちなみ「新梅屋敷」と呼ばれた。その後、秋の七草や四季の花の名所としても人気を集め、花屋敷あるいは百花園とも呼ばれた。 鞠…
初役金鳥帽子魚 次は、「初役金鳥帽子魚」(寛政6年・1794、版元:蔦屋重三郎、山東京伝作・十返舎一九画、1冊、墨摺中本、縦21.2×横14.3cm)で、京伝と一九コンビの作品。 一九は本名を重田貞一といい、駿河府中の生まれで江戸に出てきて最初に題した作品。後に「…
東都名所亀戸梅屋舗全図 次は、「隅田川の名所 東都名所亀戸梅屋舗全図」(天保年間・1830〜44頃、歌川広重画、版元:蔦屋吉蔵、大判錦絵三枚続)で、梅屋敷を鳥瞰図で描いたもの。 絵本江戸土産_初編 そして、「絵本江戸土産」初編(嘉永3年・1850、歌川広重画、版…
実語教幼稚講釈 続いては、蔦重は曲亭馬琴や十返舎一九を起用した作品の登場。 「実語教幼稚幼稚講釈」(寛政4年・1792正月、版元:蔦屋重三郎、山東京伝作・勝川春朗“葛飾北斎”画、1冊・3巻合冊、墨摺中本、縦17.2×横12.5cm)で、“実語教”は往来物の一つで平安末…
本日は大阪市西区にある「かどや食堂」(2001年11月6日創業、2010年6月30日現在の地に移転)へ。創業時に伺っており、移転後の訪問はお初。 コチラは10時の開店なので、食後の計画が立てやすく嬉しいね。それに9時頃に店頭に到着するも8番目。ところが、つけ麺…
10月12日は、高校まで京都府福知山市に居たので、20数年ぶりに故郷を訪れ高校時代の同窓会に参加。 福知山城 福知山鉄道館 その前に福知山城と鉄道館にも足を伸ばし、しばし懐かしさを感じた。そして、麺処は「麺屋 Somie’s」(2013年10月30日創業)へ。 券売…
東都名所梅屋敷満花之図 亀戸天神の近くに清香庵という梅園があり、梅屋敷と続称され、銘木・臥竜梅が有名で梅の盛りには多くの人々が詰めかけた。梅の季節の後も、梅の実を塩漬けにして売り出していた。 亀戸の梅屋敷の起源は、百姓の土地で祖先が植えた梅が…
賽山伏批狐修怨 続いて、「賽山伏批狐修怨」(寛政10年・1798、版元:蔦屋重三郎、蔦唐丸“蔦屋重三郎”作、2冊墨摺小本、各縦18×横13cm)。 同書は、序文に“午のはつ春 耕書堂唐丸撰”と記されており、午年は寛政10年で、蔦重は前年の寛政9年に5月に歿しており、序…
むかふ島 次は、「江戸名所之図 むかふ島」(弘化年間・1844〜48頃、三代歌川豊国画、版元:森屋治兵衛、大判錦絵)で、上部長方形の雷文枠に大きく風景画を描き、手前にその地域に関連した風俗女性を描いたシリーズもの。 本図は三囲の鳥居を手前に浅草寺を対岸…
官女図・大小暦類聚 次は、「官女図“大小暦類聚“第十九編 所収」(寛政9年・1797正月、版元:蔦屋重三郎、耕書堂主柯理“蔦屋重三郎”作、北尾重政画、1枚、摺物、縦13.7×横21.2cm)で、蔦重自身が執筆し重政による官女図が描かれている。同年5月に亡くなる蔦重にと…
新板大江戸名物双六 隅田川の周辺には、桜餅や梅干しなど土産になる食べ物、都鳥の張り子や目鬘等、行楽客が持ち帰るおもちゃが数多くあった。川沿い周辺での行楽が現場で愉しめて、さらに持ち帰ってお土産として喜ばれる役目もあった。 そんな地元の名物は…
吉原細見記 次は蔦重が存命中に最後の「吉原細見記」(寛政9年・1797正月、版元:蔦屋重三郎、柯理“蔦屋重三郎”序、1冊、墨摺中本、縦17.4×横12cm)として出版されたもの。 蔦重が初めて「吉原細見」の刊行に携わった時、その序文は平賀源内が寄せた。そして蔦重…
吾妻大権現開帳ノ図 吾妻権現は各地に点在し、日本武尊の妻・弟橘媛を祀る。弟橘媛は日本武尊の東征の折同道するが、相模から上総へ渡る船上にあるとき、海が荒れたため海に飛び込み海神を鎮めた伝説がある。 亀戸の吾嬬権現は“嬬”の字表記が他社と異なるのが…
本樹真猿浮気噺 続いて戯作者として活動した蔦重作品が並ぶ。 「本樹真猿浮気噺」(寛政2年・1790正月、版元:蔦屋重三郎、蔦唐丸“蔦屋重三郎”作、1冊・三巻合冊、墨摺小本、縦17.3×横12.6cm)と「真体開帳略縁起」(寛政9年・1797正月、版元:蔦屋重三郎、蔦唐丸“蔦…
向島弘法大師境内之図 寺島村の蓮華寺は向島百花園とは道を挟んで向かいに位置し、寺号では蓮花寺と表記されている。「葛西志」によると、まずは鎌倉に建立されたが弘安3年(1280)、この地に移転したとある。 本尊が空海自筆と伝わる弘法大師像であるため寺島…
金金先生栄花夢 次は、「金金先生栄花夢」(安永4年・1775正月、版元:鱗形屋孫兵衛、恋川春町作&画、2冊、墨摺中本、縦17.7×横12.7cm)、「金金先生栄花夢」(寛政6年・1794・再版、版元:蔦屋重三郎、恋川春町作&画、2冊、墨摺中本、縦17.4×横12.7cm)、「金々先生…
柳島妙見堂 柳島村の十間川と北十間川の交差する所に法性寺という日蓮宗寺院がある。この寺院の本尊は妙見大菩薩で、特に江戸時代では霊験あらたかであると参詣者が絶えず、中でも葛飾北斎が深く信仰していたことでも知られている。 続いて、「柳島妙見堂」(…
箱入娘面屋人魚 次は、「箱入娘面屋人魚」(寛政3年・1791正月、版元:蔦屋重三郎、山東京伝作、3冊墨摺小本、各縦17.4×横12.7cm)で、一丁表には蔦重が裃姿で“まじめなる口上”を述べる絵が描かれている。 この口上の中にある“あしき評議”とは、寛政元年(1789)に…
三囲の夜雪 続いて、「三囲の夜雪」(文化〜文政年間・1804〜30頃、歌川国貞“三代豊国”画、版元:森屋治兵衛、大判錦絵三枚続)で、料理屋で食事を終えた役者や女性達が船に乗り込もうとするシーン。竹屋の渡、船着き場。 男性が“出羽”文字入り提灯を持っており、…
仕懸文庫 続いて、「仕懸文庫」「娼妓絹籭」「錦之裏」、3作とも(寛政3年・1791正月、版元:蔦屋重三郎、山東京伝作&画、1冊、墨摺小本、縦15.9×横11.1cm)で、いずれも京伝作の袋入りの“教訓読本”と題して販売したものの、内容が幕府の統制に触れ、京伝は手鎖5…
三囲の初雪 次は、「三囲の初雪」(文政年間・1818〜30頃、歌川国貞“三代豊国”画、版元:近江屋平八、大判錦絵三枚続)で、三囲詣から帰宅する芸者達が描かれている。 雪降る寒い中でも素足に下駄履きで、急な降雪なのか借り物の文字入り番傘を持っている。向島一…
傾城買四十八手 続いて、「傾城買四十八手」(寛政2年・1790正月、版元:蔦屋重三郎、山東京伝作&画、1冊、墨摺小本、縦16×横11.3cm)で、京伝の洒落本代表作。遊女と客の駆け引きを写実的に描き、粋に遊び、野暮な客を笑いとばし、遊郭における通の指南書とされ…
新板浮絵三囲牛御前両社之図 三囲稲荷の創建は、平安時代まで遡るという由緒ある神社。社名の“みめぐり”とは草創期に人々が社檀を掘ったところ壺が出てきて、中に白狐に乗った老翁の神体があり、直後に白狐が現れこの神体の周囲を三度廻って消えたため名付け…
鸚鵡返文武二道 次は、「鸚鵡返文武二道」(寛政元年・1789正月、版元:蔦屋重三郎、恋川春町作、北尾政美“鍬形蕙斎”画、1冊・三巻合冊、墨摺小本、縦17.3×横12.5cm)で、蔦重が春町と出した黄表紙。同作も爆発的な売れ行きを記録している。 題名の“鸚鵡”とは、松…
濁塩 練馬区下石神井4丁目にある「麺屋 寿」(2023年4月16日創業)で、期間限定の「濁塩」1,200円が復活したとの情報を頂き伺いました。 こちらは、室町時代から伝わる「煎酒醤油」を使用された一杯がメインで提供されているが、前回「濁塩」が好評だったので…
江戸名所図会・巻之七 次は、「江戸名所図会・巻之七」(天保5〜7年・1834〜36、斎藤月岑他編、長谷川雪旦画、版元:須原屋茂兵衛、縦25.8×横18.1cm)で、橋場の渡が描かれており、中央下部には東岸の寺島村から川に張り出した船着き場がみえる。 絵本江戸土産 そし…