ミュージアム巡り 隅田川の名所 三囲の夜雪

三囲の夜雪

 続いて、「三囲の夜雪」(文化〜文政年間・1804〜30頃、歌川国貞“三代豊国”画、版元:森屋治兵衛、大判錦絵三枚続)で、料理屋で食事を終えた役者や女性達が船に乗り込もうとするシーン。竹屋の渡、船着き場。

 男性が“出羽”文字入り提灯を持っており、その料理屋は「出羽屋」だ。これは堺町にあった即席料理屋で、文政期に三囲に幕の内弁当を扱う店を出しており、夜の雪見は出羽屋で弁当を味わいながら夜雪を愛でていたようだ。

向ふ島夜の雪景

 そして、「向ふ島夜の雪景」(嘉永3年・1850、三代歌川豊国画、版元:森屋治兵衛、大判錦絵三枚続)で、料理屋で食事をした後、役者や女性陣が竹屋の渡から船に乗り込むシーン。

 傘や提灯には“大七”“向大”“七向”の文字があり、川魚料理で有名な向島の料理屋「大七」で料理を愉しんだようだ。

tabashio(墨田区横川1-16-3)

ミュージアム巡り CB風雲児_蔦重 仕懸文庫

仕懸文庫

 続いて、「仕懸文庫」「娼妓絹籭」「錦之裏」、3作とも(寛政3年・1791正月、版元:蔦屋重三郎山東京伝作&画、1冊、墨摺小本、縦15.9×横11.1cm)で、いずれも京伝作の袋入りの“教訓読本”と題して販売したものの、内容が幕府の統制に触れ、京伝は手鎖50日、蔦重は財産没収(身上半減闕所)の処罰を受け、さらに3作全てが絶版になったという。

 まず、「仕懸文庫」は肩書きに“大磯廓中光景・鎌倉遊子伝記”とあり、内題には角書で“大磯風俗”とある。大磯や鎌倉と書かれているものの、舞台は江戸深川の遊郭で遊里の人間模様を著した作品。

娼妓絹馬

 「娼妓絹籭」は、将棋定石書「将棋絹籭」を元にし、角書に“手段詰物”とあり遊女と客の関係を将棋の局面や詰め手になぞらえている。舞台は大坂新町で遊女が梅川(近松門左衛門作の浄瑠璃冥土の飛脚」に登場)がみた夢話が展開されている。

錦之裏

 「錦之裏」は内題“青楼昼之世界錦之裏”で、遊女の夜の華やかさを錦の表、昼の世界を錦の裏に見立てている。舞台は摂津神崎にある遊女屋吉田屋で、浄瑠璃「夕霧阿波鳴門」の遊女夕霧と藤屋伊左衛門との話。

TNM(台東区上野公園13-9)

ミュージアム巡り 隅田川の名所 三囲の初雪

三囲の初雪

 次は、「三囲の初雪」(文政年間・1818〜30頃、歌川国貞“三代豊国”画、版元:近江屋平八、大判錦絵三枚続)で、三囲詣から帰宅する芸者達が描かれている。

 雪降る寒い中でも素足に下駄履きで、急な降雪なのか借り物の文字入り番傘を持っている。向島一帯は春の桜だけでなく雪見の名所でもあり、雪の三囲が描かれた浮世絵も多くある。

三めくりの夕立

 そして、「三めくりの夕立」(弘化元〜2年・1844〜45頃、歌川国貞“三代豊国”画、版元:近江屋平八、大判錦絵三枚続)で、三囲稲荷参詣の人々が夕立に遭い、本社手前の屋根のある門に駆け込む様子が描かれている。

 当時の人々はこの夕立の絵から、其角の雨乞いの句を思い浮かべたのだろう。

tabashio(墨田区横川1-16-3)

ミュージアム巡り CB風雲児_蔦重 傾城買四十八手

傾城買四十八手

 続いて、「傾城買四十八手」(寛政2年・1790正月、版元:蔦屋重三郎山東京伝作&画、1冊、墨摺小本、縦16×横11.3cm)で、京伝の洒落本代表作。遊女と客の駆け引きを写実的に描き、粋に遊び、野暮な客を笑いとばし、遊郭における通の指南書とされたもの。傑作として評判も高い。

 遊女と客の様々なやりとり、傾城(遊郭)での遊びの手練手管が取り上げられ、その内面の実相を描きだし、京伝が描く「慾界之仙都昇平之楽国」は、鯉に乗る遊女(琴高仙人図)。総目には、しつぽりとした手、やすひ手、見ぬかれた手、そはそはする手、しんの手のシチュエーションが上げられている。

 “しんの手”では、相互に思いやる愛情溢れる会話がなされており、京伝自身が家に帰るのが月に5〜6日といわれるほど吉原を知り尽くし、遊女を妻としたからこそ、同書をテキストとした読者が共感できるような心理描写を描き出している。

TNM(台東区上野公園13-9)

ミュージアム巡り 隅田川の名所 新板浮絵三囲牛御前両社之図

新板浮絵三囲牛御前両社之図

 三囲稲荷の創建は、平安時代まで遡るという由緒ある神社。社名の“みめぐり”とは草創期に人々が社檀を掘ったところ壺が出てきて、中に白狐に乗った老翁の神体があり、直後に白狐が現れこの神体の周囲を三度廻って消えたため名付けられたという。

 元禄6年(1693)の干ばつで村人が雨乞いをしたところ、俳諧師・其角が参詣に訪れ雨乞いのための句を頼み、“夕立や田をみめぐりの神ならば”という句を奉じたところ、雨が降ったので三囲という社名が広まったと伝承されている。

 この三囲稲荷は、田に囲まれており隅田川から見ると、墨堤から鳥居の笠木の上の部分のみが覗いていたという。これが隅田川とともに浮世絵の画題となり、ランドマーク的な存在だった。

 次は、「新板浮絵三囲牛御前両社之図」(文化年間・1804〜18半期頃、葛飾北斎画、版元:伊勢屋利兵衛、大判錦絵横)で、北斎の新板浮絵シリーズの一図で、赤色の霞が入り1図に2カ所ずつ名所が描かれている。

 本図は左下に隅田川、右に三囲稲荷、左に牛御前が配されており、この界隈が描かれた図としては貴重な構図だ。

画本東都遊_中

 そして、「画本東都遊」中(享和2年・1802、葛飾北斎画、版元:蔦屋重三郎、縦26.5×横17.4cm)で、北斎狂歌絵本の挿絵。三囲稲荷の社殿が田に囲まれた様子や、笠木だけが見える鳥居が確認できる。

tabashio(墨田区横川1-16-3)

ミュージアム巡り CB風雲児_蔦重 鸚鵡返文武二道

鸚鵡返文武二道

 次は、「鸚鵡返文武二道」(寛政元年・1789正月、版元:蔦屋重三郎恋川春町作、北尾政美“鍬形蕙斎”画、1冊・三巻合冊、墨摺小本、縦17.3×横12.5cm)で、蔦重が春町と出した黄表紙。同作も爆発的な売れ行きを記録している。

 題名の“鸚鵡”とは、松平定信天明6年(1786)に著した「鸚鵡言」を暗示しており、前年に刊行した「文武二道万石通」に呼応したもの。

 内容は平安時代、時の帝は質素、倹約、武芸奨励を説き、菅秀才を補佐役として庶民の生活を改めようと判官を召し出す。その政策の結果、店先に並ぶ商品を兜に見立てて矢を射ろうとする者まで出るというもの。

 菅秀才を定信にたとえ、鸚鵡言にみられる話を暗示し、寛政の改革をうがちで描いている。このストーリー故に、春町は幕府から出頭命令を受ける。しかし、春町は病気を理由に出頭せず、その後急死している。

TNM(台東区上野公園13-9)

塩哲 Weekendの麺処巡り 麺屋寿 で 濁塩

濁塩

 練馬区石神井4丁目にある「麺屋 寿」(2023年4月16日創業)で、期間限定の「濁塩」1,200円が復活したとの情報を頂き伺いました。

 こちらは、室町時代から伝わる「煎酒醤油」を使用された一杯がメインで提供されているが、前回「濁塩」が好評だったので、昨日から限定復活。なので、こちらを頂きます。


 鹿児島産の濁塩をタレに、福島の「冨多屋生麺」の特注麺が合わされた限定麺。独特な塩気と旨味たっぷりのスープが交わり、美味しく頂いた。深みのある味の湯葉も良かった。ご馳走様。