
次は、「江戸名所図会・巻之七」(天保5〜7年・1834〜36、斎藤月岑他編、長谷川雪旦画、版元:須原屋茂兵衛、縦25.8×横18.1cm)で、橋場の渡が描かれており、中央下部には東岸の寺島村から川に張り出した船着き場がみえる。

そして、「絵本江戸土産」六編(嘉永3年・1850、歌川広重画、版元:菊屋幸三郎、縦18.2×横12.3cm)で、こちらも橋場の渡が描かれている。左手前が西岸の橋場、右奥が寺島村。本図中の詞書に、“隅田川の風光ハここらにまさる所なし”と記され、景勝地としての渡だったことが判る。

また、「東都四季名所尽 隅田川橋場之図」(文久2年・1862、三代歌川豊国画&歌川広重画、版元:魚屋栄吉、大判錦絵)で、豊国が歌舞伎役者の半身像を、また上部の扇形の枠に広重が江戸名所をそれぞれ描いた合作シリーズ。
橋場の渡図の奧の鳥居は水神神社で、その右隣には木母寺が見える。

















